重複障害者の現実 生きる意味と向き合い方について

      2016/09/28

相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」の事件。

この事件の中で重複障害者ついて考えさせられた方も多いのではないでしょうか?

重複障害者が家族にいる人もいるでしょうし、いつ自分が重複障害者になってしまうかもわかりません。

重複障害者の現実は一体どういったものなのででしょうか?

私達は重複障害者とどう向き合っていけばいいのでしょうか?

障害者施設の犯人である植松聖容疑者は、重複障害者ばかりを狙いを定めていました。

植松聖容疑者は「重複障害者は生きている意味がない」と思っていたからです。

決して許されない事件ですが、今回は、重複障害者の現実や生きる意味と向き合い方について考えてみたいと思います。

スポンサーリンク

重複障害者の現実

障害のある子どもを親が手にかける、一家そろって心中を図るという事件が多くなってきています。

障害のある人は収入が低く、家族で介護する為に、金銭的にも精神的にも追い詰められていくからです

2人に1人は相対的貧困以下と言われ、99%は年収200万円以下となっています。

生活保護の受給率も普通の人と比べ6倍以上となっています。

6割弱が親との同居をしており低収入ほど社会との関係が遠ざかっていくという結果に繋がります。

また結婚している人も4%と低い結果になっています。

重複障害者の生きる意味と向き合い方について

障害者を持つ親は決して楽ではありません。
障害者と言っても一人一人同じ病気でも個人差があり、悩みもそれぞれですよね。

金銭面的にもですし、世間の目や、自分の自由な時間が奪われてしまう事もあります。

しかし、障害者自身は、きちんとその環境に適応しながら精一杯生きています

生きる意味など他人がとやかく言う事ではないのです。
赤ちゃんとしてこの世の生まれた時から、生きているのではなく生かされているのです。

ありのままに受け止めて生きていくしかないと思います。

現実問題として、重複障害者の家族の中でも、色々な家族がいるでしょう。

重複障害者と真剣に向き合い、愛情を持って、介護をしながら生きている人もいるでしょうし、重複障害者施設に入れたっきりで会いにも来ずほったらかしの人もいるでしょう。

早く死んでしまえばいいと思う方も中にはいるかもしれません。
そういう現実問題も存在している事は確かです。

しかし、今回の様な事件は決して許されません。

スポンサーリンク

植松容疑者は

「産まれてから死ぬまで回りを不幸にする重複障害者」

「人の形をしているだけで、彼らは人間ではありません」

「障害者はいなくなればいいと思う」

などと発言しています。

植松容疑者がどこでこのような思想になったのかわかりませんが、それは本人の思い込みで、
巻き込まれた方々が可哀想でなりません。

このような事件は決して繰り返してほしくありません。

まとめ

重複障害者の現実は厳しい時もあるでしょうが、ありのままに受け止めて現実と向き合っていく事が大事だと思います。

辛い時は一人で抱え込まずに、施設やコミュニティーを利用心のケアをしながら無理はしない事です。

【重複障害者関連の記事はこちら】

重複障害者施設や家族の実態とは?重複障害者の特徴は?

スポンサーリンク
                     

 - 事件